閉塞する議論

今日はこれについて書きます。
http://www.nature.com/news/2009/090204/full/457650a.html
と思いきや書く暇がない!とりあえず島岡先生のブログを見れば大体がわかります。
アメリカではブッシュ政権に移行してからNIH(National Insitute of Health、国立衛生研究所、日本の文科省のように研究費を分配する)の予算が頭打ちになって、クリントン政権下で急速に増えたドクターによる研究費の申請がどんどん通りにくくなっていました。オバマ政権は基礎研究の予算を増大させると公約しているのですが、効果が現れるには時間がかかりそうです。現在上院で議論されている、アメリカ経済のStimulus PlanではNIHやNSF(National Science Foundation)などの政府機関に臨時の予算が入ってくることになりそうですが、それが一時のカネの流入に終わり、さらなるバブルを作り出すだけの結果にならないように注意しなければなりません(これは記事にも書かれていることです)。

アメリカの研究環境は年々競争が激しくなってきています。ドクターを取っても研究職につけるとは限らないばかりか、激しい競争を勝ち抜いて教授職を得たとしても、終わることの無い研究費の獲得競争が待っているのです。現在、NIHの最もメジャーな研究費(R01)の獲得率は2割程度しかなく、しかもその多くを年配のPI(教授)が占めています。研究費のほとんどは外部からの資金(Soft money)でまかなわれているアメリカでは、NIHからの研究費が無くなれば、研究室を畳んで失業する、ということが往々に起こるのです。この記事に紹介されているオハイオ州立大学(!実はこれに反応したのがきっかけ)のJillさんは教授職に就いて8年目にしてNIHの研究費の更新に失敗し、これから厳しい選択(大学を去るか、何があってももすがり続けるか)を迫られようとしています。問題は大学を去った研究者に新しい道が開けているのかどうか、ということですが、その点、教授というのは全くつぶしの利かない職業で、Douglas Prasherさん(注)のように過去に大きな業績を挙げていながら結局はバス運転手になって働くしかない、ということも実際にありえるのです。JillさんがNIHの職員に言われた(と記事に書いてある)言葉、"Unfortunately you're not a giant in the field and you're not at Harvard."がもし本当に研究費を出さない理由になるなら、若手研究者の99%は失業です。そして最終的にはGiantたちさえ研究を続けるのは不可能になります(一握りの天才だけで研究は動いているのではない、少なくとも生命科学では)。
ここまでのハイリスクに見合うだけのリターンがあればいいのですが、そんなこともなく、昨今のアメリカ人学生の理科離れの少なくとも一部はこの研究職のハイリスク・ローリターンの現状を反映しているはずです。私も、このままの競争が続くのであれば、アメリカで研究を続けるのがためらわれます。というかポスドクが終わったら日本に帰る気満々です。
ではどうすればいいのか。予算を増やせば現状は短期的には改善されるかもしれませんが、それだけではまた同じことが繰り返されるだけです。卒業生が研究職だけでなく、多様な職業に就けるための支援をする。これはもう散々言われていることで、ある程度は行われています(十分なのかどうかはわかりませんが)。私も答えを持っているわけではありません。選抜を厳しくして大学院生の数を減らすのも一つの案かもしれませんが、それによって科学研究の規模自体が縮小傾向になる可能性もあります(研究にはある程度の人手がいるので)。
アメリカで競争の激しさを目の当たりにすると、日本の教授職がものすごく気楽に思えます。日本でははオーバードクター問題はありますが、いったん教授職に就いてしまうと、実際はそうでもないのかもしれませんが、一気に競争が無くなってしまうように見えるのです。競争はある程度までは効率的かもしれませんが、必要以上に激しくなると、逆効果しか生まないものです。セイフティーネットを張り巡らすこと無しにアメリカ流を追随するととんでもないことになりかねません。日本独自の道を模索して欲しいものです。ただし、現状が一番いいというわけではありません。研究室間のコミュニケーションや制度の柔軟さなどアメリカから学ぶべきこともあります。あと、博士課程の学生のための企業や団体からのフェローシップインターンを充実させて欲しいものです。そうすれば就職支援にもなって一石二鳥だと思うのですが、そんなことをする企業は出てこないだろうなあ・・・。ただの食わず嫌いなんじゃないかと思うんだけど。

(注)GFP遺伝子を世界で初めてクローニングした人。現在はバスドライバーとして時給10ドルで働いている。"Prasher reported that he was unable to find a job in science, his life savings had run out and that he was working as a courtesy shuttle bus driver for Bill Penney Toyota in Huntsville, Alabama at $10 an hour."(Wikipediaより抜粋)

書く暇がないと言いつつ、書き始めたら一気に書いてしまった。全然推敲していないので読みにくかったらすみません。